プリ・プラズニク(その4)

 ロシアにとっても、今一方的にチェチェンに去られることは、連邦の崩壊に繋がりかねない。ロシアは強固で難攻不落の強権国家に見えるが、ロシア指導部自身はそんな自信を持ってはいない。強大なソ連邦が一夜にして消滅したように、同じ構造を持つ連邦国家ロシアは、「弱くなったとき、消え去らざるを得ない」という運命にある。ソ連もロシアも帝政ロシアも、弱肉強食の論理の上にのみ存在しえた権力機構だった。
 ロシアとチェチェンの間には、少なくとも時間が必要だ。一世代程度の冷却期間が。憎悪は、いつか消える。しかし、悲しみは消えない。激しい憎悪の炎が冷却されたあとには、澱みのような悲しみが残る。悲しみはたとえ、本人が死んでしまっても、残った人たちに受け継がれてゆく。憎悪は破壊の力になるが、悲しみは歴史を前に進める、弱いが確実な力となる。
 だから、憎悪が澄み切った透明な悲しみに変わってしまうまで、チェチェンとロシアは互いに関わらない方がいい。その間はそれぞれの友人たちがそれぞれを癒すために手を差し伸べるべきだ。だから、外部勢力の仲介と、兵力引き離し、再建支援が必要なのだ。「国際社会の介入が必要」といった私の意見は、3年前から変わっていない。アフマドフリヒテンシュタイン・プランを知る以前からそうだ。これは自立した大国であろうとするロシアには難しい決断だろう。
 ただし、介入する国際勢力が新たな侵略者と看做されることは最悪だ。アフガニスタンイラクでの米軍の二の舞となりかねない。チェチェン独立派強硬派の精神的な聖地エルサレムに関わるパレスチナ自治政府、ヤンダルビエフを保護したカタール、トルコ、サウジアラビアなど、イスラム世界の諸国と、チェチェン独立派を支援してきたこれらの国家のイスラム系人道援助団体からの大胆な参加を求める必要がある。
 特に、パレスチナ自治政府にとってこれまで国際社会は助けを請う場所でしかなかった。パレスチナ自治政府の仲介で国際紛争が解決したという実績ができれば、国際社会での確固とした地位を求める彼らの目的にも合致する。そして、歴史的にソ連時代からロシアは中東和平問題に関してパレスチナ寄りだ。