ベスランへ(その1)

 ワシーリーのクワルチーラを出て、メトロとマルシルートカでドモジェドヴォ空港へ。搭乗までも、2時間ほどの機内でも、ウラジカフカス空港への着陸後も、まったく問題なし。空港でタクシストのダトーと交渉して、900ルーブリで墓地と学校とベスランの安宿を案内してもらった。安宿パリョートはツインルームを一人で使って300ルーブリ。ただし、お湯は出ない。トイレは共同だ。ホテル併設のレストランで北オセチア名物の特大ピロシキ、サラダ、お茶の夕食を取って120ルーブリ。
 カフェのおばさんはやはり、友達の子どもを例の体育館で失っていた。テロリストはなにものだったのかと聞いてみたら、「イングーシもチェチェンも、オセット人もいたというわ。でも、どの民族かという問題じゃない。ワハビートなのよ」という答え。
 午後7時半、ホテルの部屋で休んでいたら、扉を叩くものがある。警察だった。身分証明書の提示を求められ、パスポートと名刺を見せたが、それでは不十分だという。政府か会社発行の身分証明書を見せろという。フリー記者の私にそんなものはもちろんない。すると、警察官は私を連行するという。が、無線でどこかと連絡を取ったあと、パスポートを取り上げてどこかへ行ってしまった。(その2へ)