超法規(その2)

そこで、こちらから警察に電話しましたが、結果的にはこれはやぶ蛇でした。
初めこそ友好的に近づいてきましたが、やがて、「パンキシ渓谷に立ち入るな」
と恫喝してきたのです。
チェチェン難民が生活するパンキシ渓谷は、4年前まではグルジアの支配権の及ばない、
事実上のチェチェン自治区でしたが、現在はグルジアの警察が勤務しており、
私以外の外国人は自由に出入りしています。
弁護士にも相談しましたが、現在のグルジアの法律では、
警察が私の国内移動を制限する権限はないはずだそうです。
こちらの連絡先や滞在先を入手した彼らは、(彼らは自力では情報を得られなかった)
いよいよずうずうしくなり、用もなく私に電話して呼び出すなどし、
露骨に行動を監視するようになりました。
そしてX日、私は彼らを試みました。
電話してきた秘密警察の刑事に「アゼルバイジャンへ出国する」と告げた上、
テラヴィ方面行きのミニバスに飛び乗ったのです。
テラヴィという都市は、アゼルバイジャンへの道の途中でもありますが、
同時にパンキシ渓谷への途上でもあります。
なんの違法行為も犯していない私に彼らは手を出せないはずだが、
果たしてテラヴィまで尾行したり、緊急配備を敷いたりするだろうか、
と考えたのです。
ところが実際には、彼らは私が思っていたよりもずっと、
でたらめでむちゃくちゃでした。
恐らく張り込んでいたのでしょう。
ミニバスの発着する中央バスターミナルに2台の車両で乗り付けると、
三人掛かりで私を拘束し、荷物を押収し、国家保安省庁舎に連行されました。
もちろん、私がミニバスに乗ることはなんら違法ではありませんから、
刑事たちの行動は私がチェチェン人と接触することを実力で阻止する
「超法規的処置」ということになります。
まあ、物理的接触にはこうして失敗したわけですが、
私はそれ以前に警察に教えた番号とは別の電話番号を入手していましたので、
秘密警察の知らない電話番号で、パンキシ渓谷のチェチェンイスラム聖戦士組織
の人たちと情報交換をすることはできました。
警察官に対して、私の方からずいぶん問うてみました。
「なぜ私だけをパンキシに入れないのか?」
彼らとの問答はこうでした。
「その理由は今に分かる」
「どうやって?」
「ニュースで」
「いつまでパンキシに入れないのか?」
「問題が終わるまでだ」
「秋には終わるか?」
「たぶん」(その3へ)