自由の国(その2)

 パンキシ渓谷のムサはテレビで日本の都市が映されるのを見て、「おお!おれ、ここへいきたい!シャミル!おれを客に呼べ!お前の国へ行ったらチェチェン人はどうなる」と、訊いてきた。
「どうなるもこうなるも、ビザさえあればなんてことないよ」
「嘘をつけシャミル、分かってるぞ!そういって油断させておいて、本当はすぐに捕まってしまうんだろう」
 驚いたのは、ムサが冗談ではなく、本気でそう思って言っているらしかったことだ。チェチェン人だというだけで、理由もなく拘束されるのが彼の知っている常識的な世界なのだ。
 オーストリアで路上で話しているところを私と一緒に警察に拘束されたタリクは、理由もなく留置場に入れられたのを私が憤っていたのに、当たり前のような顔をして、釈放されるときは警察官に礼まで言っていた。そんな待遇が彼らにとってのスタンダードなんだろう。
 彼らが外の自由な世界を知らないと同様、日本の「知識人」は旧ソ連に関して、その不自由さ、民度の低さに関してあまりに認識が低いことが多く、こちらを閉口させる。私は何度か旧ソ連でニュースネタになり、日本に伝えられたこともあったが、一度としてニュース内容が事実だったことはなかった。旧ソ連で大手メディア報道の信憑性が恐ろしく低いということなのだが、日本のメディアにその認識がないため、私から直接ウラを取れるようなケースですら、それを怠っていたせいだ。