午前8時前に起きて、遅すぎる礼拝をしてから窓を開けると、あろうことか、音もなく一面の雪だった。西アフリカ・象牙海岸国から来たルームメイトのアハマド氏は喜んだり驚いたりしている。インド人も、台湾人も喜んでいる。私も寒いのが大好きなので嬉しい。この施設には怪物のように太ったネコが一匹住んでいるが、彼ときたら、誰かがドアを開けた拍子に矢のように雪の中に飛び出していって、転げ回って遊び始めた。ジュネーブではイヌではなく、ネコが庭駆け回って雪を祝うのだ。雪はなおもしんしんと積もって、教会に行きたいキリスト教徒たちをやきもきさせている。というところで、前触れもなく停電した。多数の国際機関を擁するジュネーブで、雪が降っただけで電気もないことがあるのだ。トビリシと変わらないではないか。私のコンピュータのバッテリは使用開始後2年を経ているので、このままだとどれほどもつことか。
 今、泊まっているマンデート・インターナショナル・ウェルカムセンターというところは、国連に協力するNGOの団体を受け入れる目的で、ボランティアによって運営されている。私はここにどういう身分で泊まっているかというと、当然ながら「東長崎機関エージェント」だ。書類に連絡先も明記されている。これで、ここで私が行うすべての悪事は加藤健二郎大総裁の責任ということになる。
 世界の貧困地帯で人道援助に携わっている人たちの間には米国人というのは滅多におらず、ほとんどが西ヨーロッパ人、それも、圧倒的に多いのがフランス語圏の人たちだ。国際赤十字委員会、国境なき医師団、メデュサン・ドゥ・モンド、アクテッドと、フランス語圏の高名なNGOの名は誰もがいくつも思い浮かべられるだろう。そのため、フランス語というのは国際NGOの共通語のようになっている実態がある。だから、ここにいる人たちはほとんどが、当然のごとく流暢なフランス語を喋る。私は、ここではまさに言語難民だ。
 施設利用者のほとんどはアフリカや中南米の出身者だが、昨夜は台湾の団体さまが見えた。初めのうち、賑やかで陽気なラテン系の人たちやブラックアフリカの人たちの姿が目立っていて、どんな人たちがここにいるのかよく分からなかったが、今朝、朝食の際に言葉を交わした無口な男はスーダンの反体制派だった。南部や西部の独立派ではなく、ハルトゥームのアラブ系イスラム教徒の大学教授で、それでいて女性の権利を巡ってバシル独裁政権に抵抗しているのだった。