まぼろし

午前6時前。
昨日2時間しか寝ていないのに、眠れない。
かといって、なにかをしているわけでもない。
今日は深夜まで用事が詰まっているというのに。

用を足そうと階下へ降りたら、白熱電灯に照らされたトイレのドアの木目が
波ガラスを翳したようにゆらゆらと揺れて踊り始めた。
こういうものは前に一度だけ見たことがある。
2001年の10月、アブハジアの山中で、チェチェンイスラム戦士たちと
飢餓行軍したときだ。
あのとき、天幕の中にシェラフを敷いて、その中に入ったまま、
外の暗闇を眺めていたら、灌木の黒い陰の中に極彩色の渦巻きが現れて、
踊り始めた。
それは幻覚だと、そのときもはっきりと分かっていた。
あのときはなにしろ食っていなかったし、自分の肉体の限界を
何度も超えていたから、なにが見えても不思議はなかった。
今はたっぷり食っているし、なんにも自分がこわれる理由は
なさそうな気がするんだけど。
ここのところ、デートしているか、引き篭っているか、どちらかだ。
日記に書くことすらない。