高い敷居

 アウシェフの事務所に繋がったが、後から掛け直すといったきり、掛かってこない。担当者の態度があまりよくない。こちらの下手なロシア語が気に入らないのかもしれない。
 ワシーリー(仮名)の自宅からインターネットを繋げようと、一日奮闘したが、午後7時現在、まだ繋がらない。まずもって、なかなかプロバイダに電話が掛からない。掛かったと思ったら、レギストラーツィヤを受付けない。受け付けたと思ったら、発行したばかりのパスワードを受け入れない。
 こういうのは、去年キエフでも散々体験した。いちいちヒステリーを起こしていては身が持たないし、一歩も前進できない。つまり、ここは旧ソ連だということなのだ。
 ワシーリーはやはり若い時分にドストエフスキートルストイを読んで育った。トルストイがどこへいっても人気者なのに対して、ドストエフスキーは海外での人気の高さに比べると、ソ連ではそれほど高く評価されなかった。陰気で景気の悪い物語ばかり書いているし、陽気なロシアの国民性に受け入れられにくいらしい。ところが、ロシア人の中でももっともネアカで、もっともロシア的なデタラメ男ワシーリーにはことの他気に入ったらしい。そういえば彼本人がどこか現実離れした、ドストエフスキーの登場人物みたいなところがある。ドミトリー・カラマゾフのように直情的で、レフ・ムイシュキンのように無垢で、ロジオン・ラスコリニコフのように誇大妄想的な大言壮語を吐く。そして、ドストエフスキーのどの登場人物もそうだが、彼も同じように頭がおかしい。

 自分のパソコンをインターネットに接続できないために、ROMA字でサイバーカフェからブログを更新している。これは、個人的には苦痛だ。ROMA字で書くことがではない。自分だったら、ROMA字で書いた誰かのウェブ日記など、絶対に読まないであろうと分かっているからだ。自分なら読まないようなものを、他人に読ませることが苦痛だ。それでも、一日あたり500〜800hitがあるということは、誰かがROMA字の日記を読みに来てくださっているということだろう。申し訳なくも、ありがたいことだ。