寝不足知恵熱(その1)

朝7時近くまで、写真展のキャプションなどをまとめる作業。
以前一旦仕上げたのに、自分のミスで全部消してしまった
作業のやり直しだ。

コインシャワーを浴びて、支度をして、池袋の豊島区役所へ。
バイクのナンバーを取るには住民票が必要だ。
そのためにはモスクワ住民であることを一旦諦めねばならないという。
長崎から送ってもらった戸籍抄本と附票を握り締め、
パスポートとともに窓口へ提出する。
ただ、住民票が必要なだけだったのに、
自動的に豊島区民になってしまった。

南長崎へ戻って、MSから送ってもらった書類と住民票を握り締め、
近所のバイク店へ。
名義変更手続きを依頼して、一旦帰宅。
夕べから寝てないままなので、座って寄り掛かったまま、眠り込む。
しかし、ものの30分で電話で起こされた。

午後1時半頃、ありーさ邸へ。
ありーさ邸は見違える程ファンシーなギャル部屋に生まれ変わっていた。
ありーさを強制連行して、高田馬場経由早稲田大学へ。
広河隆一さんの「イラク戦争とメディアの課題」と題した
講演会が開かれる。

広河さんのお話はいつも通りで、私には賛成できる部分と
まったくできない部分がある。
それを再確認した、というものになった。
イラク市民の側から報道する」ということは、広河さんが言うような、
そんな単純なものではないだろうと、私は思う。
米軍の従軍や戦況報告ではなく、バグダッドから報道しさえすれば、
それで「イラク市民の側から伝えた」ということにはならないだろう。
バグダッドにいても、ずうっとパレスチナホテルに引き篭もって、
サダム政府のプレスツアーでだけ取材をした
お粗末な自称ジャーナリストたちがうようよいたし、
そういう連中が広河さんが紹介したビデオの中にも登場していた。
そういう連中は、ことの本質とはまったく関係のない、
パレスチナホテル前の広場で銅像が倒された事件がヤラセかどうかとか、
パレスチナホテルで米軍にジャーナリストが撃たれたのは
故意かどうかとか、そういうくだらないお喋りにだけ時間を浪費していた。

はっきりいっておくが、パレスチナホテルイラクの一般市民はいないし、
ホテルの窓から市民生活など見えはしない。
市民を見てもいないというのに、どうして
イラク市民の側に立って報道したということになるのか?
サダム・フセインの立場に立って」の間違いじゃないのか。(その2へ)