永久調和

米国の政策を云々するまでもなく、
世界に正義なんかないし、人権も自由も全くない。
ほんとうの平安と永久の調和は、アッラーの元にだけ存在する。
イスラムでは、人生はアッラーが与えたもうた永遠の試練だ。
だから人間は地上で苦しみ続け、悲しみ続けなければならない。
人間を動かすエネルギーの中で一番強いのは、悲しみのエネルギーだ。
世界は人類の苦痛の呻き声を原動力に回っている。

チェチェンイスラム聖戦士たちは夜ごとに論じ合っていた。
私にも論争をふっかけてくるので、応じざるを得なかった。
私たちの意見はあちらこちらへ行ったり来たりしながら、
毎晩少しずつ、ある種の方向性に近づこうとしていた。

それは、ペシミズムでもニヒリズムでもなく、希望だった。
私たちが苦しみ続け、悲しみ続けていたことは
既に誰の目にも明らかだったから。
私たちにとって、いつか苦しみが報われ、
永久の調和が訪れるという事実は、今の苦しみに耐える力になった。

8月末日の深夜、私たち400人の部隊は、
カフカスの2800メートルの峠を越えて、アブハジア領に侵攻した。
聞いていた話では、雪が降り始める前に、山を越えるということだった。
それなのに、山頂付近で雪が横殴りに吹きつけ始めた。
それ以前からの雨で、私たちはぐっしょりと濡れそぼっていたのに、
その水さえ、服ごと凍りつき始めた。
道は凍らなかった。
氷混じりの重い泥の川となって、私たちの長靴を捕まえて放してくれなかった。
バックパックの30キロの装備は水を吸って、数キロ分上乗せされていた。
私には防寒着もレインコートもなく、
秋用の薄いジャケットを一枚羽織っているだけだった。

山頂を越えて、泥に膝まで埋もれながら、何度目か転倒したとき、
私は力尽きて、立ち上がれなくなった。
泥から体を引きはがせなかった。
そのとき、一人のトルコ人聖戦士が、
恐ろしい力で私の腕をつかみ、私の体を泥から引き抜いた。

「フィルダウスを想え」

戦士は英語でそういった。
フィルダウスとは、殉教した聖戦士が行くという、最上天にある楽園だ。
その瞬間、私は自分の体でイスラムを理解したように思った。