エチオピアのダメ人間(その7)

しかし、朝8時半に私を起こしに来たハヤロムは何事もなかったような顔をしていた。私たちは広場に面したブンナベット(カフェ)で、香りのいいコーヒーを飲みながらバスを待った。ブンナベットのスピーカーからは、エティオピアの人気女性歌手ジジ・ガイヤイの歌が流れていた。エティオピアにいる間、私は毎日のように彼女の歌を聴いて、すっかり気に入っていた。ハヤロムも彼女のファンだということが分かり、その話題で盛り上がった。それから、ハヤロムが日本の食べものことを聞いたので、私はエティオピア人が生の牛肉を好むように、日本人は生の魚が大好きなのだと説明した。
唐突に彼は私の目の前のテーブルに、私から奪った二本のフィルムを転がしていった。
「戦車が写っているのはどちらだ?私はそちらだけが必要だ」
「多分こっちです」
私はダミーフィルムの方を指した。
「間違いないか?」
「多分…」
「間違いがなければもう片方は君に返す」
「間違いない」と一言いえば、彼は戦車が写ったフィルムを私に返しただろう。彼は私が本当のことを言うとは夢にも思っていなかったに違いない。私に騙されてやろうというのだ。しかし、私には勇気がなかった。
「確信はありません」
ハヤロムはしばらく黙って私の目を見ていた。それから、「それではフィルムを返すことはできない」といって、私のフィルムを二本とも再びポケットに戻してしまった。
やがて、交通官ソロモンが現れて、アジスアベバ行きのバスが到着したことが分かった。立ちあがる前に、ハヤロムはポケットから私のパスポートを取り出した。
「これは君のものだ」
私は自分のパスポートを受け取りながら、事態を理解することができずにハヤロムの顔を見ていた。