エチオピアのダメ人間(その2)

NATOベオグラード空爆を取材した日本のジャーナリストの一人は、治安警察にフィルムを奪われそうになって、とっさに隠し持っていたダミーのフィルムを撮影済みフィルムとすりかえて切り抜けたそうだ。
フィルムを要求するPIに対して、私も当然ポケットに忍ばせていた空のフィルムと戦車が写ったフィルムをすりかえようと試みた。フィルムをカメラのキャビネットから出す際に、慌てた振りをして床に落とす。拾い上げた時にはダミーフィルムとすりかわっているという寸法だ。我ながら鮮やかな手並み。ところが…
「そっちじゃない。左手に持っている方だ」
PIは表情も変えずに、私の左手をこじ開けて、戦車が写ったフィルムと空のフィルムの二本ともを奪った。
そのフィルムと私のパスポートは今や、マイチョウの警察署長ハヤロムの手にある。彼は年の頃30代前半で、それで既に警察署長を勤めているところを見ると、優秀なのだろう。エティオピア人の中でもティグレ民族に特有の美男子で、背が高い。喋り方にはどことなく暖かみがあった。彼は既に、私に関する情報を州都マカレの警察本部に問い合わせて、ことの経緯を把握していた。
最初に私を捕らえたアクスムの警察は、私のパスポートにパキスタンのVISAが3つもあることを不審に思ったらしい。アクスムの警察署で私はパキスタンへ行った理由を何度も尋ねられた。そして、「パキスタンのスパイかもしれない男」として、続くマカレでもここマイチョウでも報告されていたようだ。
「なぜパキスタンへ行ったのかね?」
ハヤロムの尋問が始まる。
アフガニスタンへ行くためです。日本からアフガニスタンへは直行便がないので」
パキスタンで何をしてきた?」
「通過しただけです」
パキスタンが戦争中であると知っていただろう」
「私が訪れたとき、カシミール問題はまだ深刻ではありませんでした」