シャミル・バサエフ

グロズヌィ――「バサエフの自宅跡」といって
連れてこられた民家は廃虚だった。
そこに突然乗り入れてきた黒い四輪駆動車。
何が起こったのか分からなかった。
長い顎鬚を生やした、大柄な男が降り立った。
それが、シャミル・バサエフだった。

私が見た数年前の写真より、随分太っていた。
そのかわり、目つきは穏やかになっていた。
インタヴューに対して、彼は口が重かった。
必要なこと以外、何も喋らなかった。
不機嫌なのかとさえ思った。
実際、そうだったのではないか。

村田信一さんが、はっと思い出して、
荷物の中から一葉の写真を取り出してバサエフに渡した。
バサエフと一緒に肉野菜炒めを食べる加藤健二郎さんの写真だ。
加藤さんが95年にバサエフと1週間、
戦場生活を共にした時のものだ。

とたん、バサエフに劇的な化学変化が現れた。
むっつりと厳つく、黙り込んでいた彼の顔が、
一瞬にしてふにゃふにゃに溶けてしまった。
低く沈んだ迫力のある声でインタヴューに答えていた彼が、
猫なで声を発した。
「オオ・・・・カトーサン!」

バサエフは加藤さんの写真を手に、その辺りをくるくると歩いた。
「カトーさん。私の友だち。すばらしき日本のサムライ!」

林克明さんが彼に加藤さんの近況を伝えた。
東京で活躍中だが、またあなたに会いたがっている、と。
バサエフはすっかり上機嫌になり、余計なことを喋りはじめた。

村田さんの大きなカメラバッグを見て――
「写真を撮るだけなのに、よくもそんなに大きな荷物がいるもんだな」

話し掛けられた村田さんの方が動揺していた。
彼にとってバサエフは雲の上の大カリスマなのだ。
雲の上から降りて来て、
小林よしのりのマンガのキャラクターみたいになってしまった。