氷の町で

昨日は一日、アジマールに付き合ってもらいました。オスロは90年に観光で
来て以来ですが、当時は8月だったし、この町のおもしろさが分かって
なかったと、思います。真冬のオスロは1メートルもの雪に閉ざされて、
それでいて町の機能がストップしたりすることもなく、雪の中に人の営みの
ある躍動的な町でした。
朝、アジマールの家を出て、すぐそばの彼が働いているファーストフード店へ
行くと、ブルドーザーとクレーン車が雪かき作業をしているところでした。
それは毎日の光景だそうですが、日本でも降雪の大きい地域を訪ねたことが
ないぼくにはびっくりの光景でした。
町の中心部には港があるのですが、海が一面凍り付いているのに、またぼくは
びっくりしてしまいました。海面の凍結は5月まで続くのだそうです。
町には、ノルウェー人だけでなく、有色人種の姿が目立ちます。アジマールの
職場のファーストフード店でしばらく観ていると、訪れたお客さんは、
パレスチナのガザ人、ソマリア人、コソボアルバニア人など、世界各地の
紛争地からの難民が目立ちました。もちろん、難民申請をしているかどうかは
分かりません。アジマールのように、移民の形で来た人も多いみたい。
アジマールの話では、ノルウェーは非常に寛大に世界の難民を受け入れた
のだそうです。しかし、アフガン人の移民に関しては、2001年の911以降、
ほぼ不可能になってしまいました。
それにしても、ぼくにとっては、シャルワ―ル・カミースを着て、
アフガニスタンの大地に立つアジマールの姿しか見たことがなかったので、
ヨーロピアンスタイルの服装をして、氷の町を行く彼の姿はまったく
予想外でした。
中身は全然変わっていなかったけど。
ぼくはこっちへ来て、1クローネたりとも使っていません。そもそも、
両替さえしていません。夕べ、高級ホテルのレストランでオスロ料理を
食べたときも、全部アジマールが払ってしまって、ぼくにお金を使わせて
くれなかったからです。
ファーストフード店で働きながら勉強しているアジマールが裕福なはずは
ないと思います。でも、中央アジアにいようと、欧州にいようと、客として
来た人間をこんなふうに扱うのが、アジマールの、そして伝統的な
アフガニスタンの人間のやり方です。