分離の是非

ツヒンヴァリで戦っていたという兵士ダトゥ(29歳、仮名)の話によると、グルジア軍は6日の夜にトビリシの基地を出発したといいます。そんでもって、ツヒンヴァリに着いてみると、オセット人住民はすでに避難を完了して、誰も残っていなかったといいます。
ロシアとグルジアで、どっちが先に手を出したかについて、論争が続いていますが、これまでに公式に知られているよりも、いろんな裏の世界があるみたいです。
11日に毎日新聞の杉尾記者がシェワルナゼ前大統領にインタヴューしていました。シェワルナゼは大昔、つまり自分が大統領だったときと同じ主張をしていました。つまり、「分離主義は悪だ」というのです。「世界に3000の民族がある。すべてが独立を唱え出したら、無政府状態となる」というのです。
現在、世界に180だか190だかの独立国家があるらしいですが、それが3000に増えてなんの問題があるのか、昔からぼくには分かりません。というより、一つの国家が独立しようとする度に何千もの人が命を落とさなければならない今の世界の常識の方に問題があると思います。
グルジアから、あるいはトルコから、ロシアから、あるいは中国から、ある民族が独立を求めたときに、もしも二つ返事でその希望が叶えられていたとしたら、たぶんその国はその後、グルジアの、トルコの、ロシアの、あるいは中国のいいパートナーになったことでしょう。ひょっとすると、独立後再び旧宗主国と同盟関係か、連邦条約を結んだかも知れません。
感情論と当事者外の利害から不必要な争いを経た結果、周辺の大国の利害に利用されてしまうのです。アブハジアなんか、まさにそうじゃん。
まあ、3000の民族が全部独立すればいいじゃんなんて、理想論だってことは分かっていますが、少なくとも「分離の主張即ち悪なり」なんていってたら、話は一歩も進みません。シェワルナゼがグルジアの問題を何一つ解決できなかったようにです。