アウシェフが殺された

ロシア秘密警察から次に暗殺されるのは誰か?
と、いう皮肉めいた疑問が世界中で語られる中で、チェチェンの隣、
イングーシ共和国の初代大統領ルスラン・アウシェフ氏が17日の朝、
「テロリストの頭目」として、FSBの軍事作戦で自宅を包囲され、殺害された。

チェチェン戦争に誰よりも食い込んでいる東京シネマ新社社長の岡田一男氏が
たった今、電話とメールで教えてくださった。

アウシェフはチェチェン・イングーシ自治共和国からイングーシを独立させ、
ロシアとの戦争を回避するのに成功した上、貧しいイングーシの人口を
上回るチェチェンの難民を保護し、平和解決に尽力した人物として、
カフカス地域だけでなく、ロシアからも英雄視されてきた人物だった。
また、04年9月の北オセチア学校占拠事件では、ただ一人学校内に乗り込み、
乳幼児ら26人を救出した。

彼はもともとソ連空軍の戦闘機パイロットにして将校で、現在は
アフガニスタン帰還兵協会の会長として余生を送っていたはずだ。
ぼくはどうしても彼に話を聞きたくて、04年にモスクワへ行ったとき、
事務所に何度も電話して、アポイントを取ろうとしたが、当時彼は表に
出るのを避けていたらしい。

事態が事態なので、岡田さんのメールを一部、こちらに転載させて
いただきます。

ロシア側報道機関は、6月17日朝、チェチェンの西隣にあるイングーシ共和国のスルハヒ村で、イングーシ初代大統領であり、チェチェン戦争に強硬に反対した事で知られるルスラン・アウーシェフ氏が数名の抵抗運動戦士たちと共に、FSB特殊部隊を主力とするロシア治安部隊に自宅を包囲攻撃され、交戦の後、殺害されたと伝えている。

これら報道によると、アウーシェフ氏は、2004年夏のナズラニ蜂起事件の影の指導者であり、秋にベスラン学校占拠事件の首謀者の一人であったとしている。
http://www.grani.ru/Events/Crime/m.123554.html

この報道は、アフガニスタン戦争で名をはせたソ連邦英雄であるアウーシェフを貶める悪質なディス・インフォメーションと「チェチェン・プレス」など、チェチェン側は非難している。それによれば、村人はアウーシェフが武装抵抗運動の参加者ではなかったと語り、地元の警察も全く捜査対象とはしていなかったという。
http://www.chechenpress.info/events/2007/06/18/08.shtml

妥協せず、ロシア中央を批判する者は、プーチンFSBの手で次々と抹殺されるという事実が浮かび上がってくる。