サイド・アミンの命

ストラスブールでともに歩いたサイド・アミン・イブラギモフの命が
尽きようとしている。
彼はチェチェンの通信大臣だった。
パリに亡命後、同様に欧州に亡命したチェチェン元国民を率いて、去年、
パリから欧州議会のあるストラスブールまでを踏破する平和行進を行った。
私は日本山妙法寺の寺澤潤世上人とともに、雨の中野営しながら
ストラスブールへ迫るサイド・アミンの一行を見舞った。

その彼が、去年と同じストラスブールで、死を賭したハンガーストライキ
続けている。
(参照→ http://chechennews.org/log.htm#0117
94年以来、チェチェンではアッラーの名の下に、聖戦が戦われている。
聖戦士たちは武器を取って侵略者に抵抗している。
暴力を伴った聖戦は、キリスト教や仏教をベースとした社会では
理解されにくい。
去年になって、サイド・アミンが平和行進を始めたとき、寺澤上人は
歓迎した。
「これはチェチェンの市民が始めて自発的に起こした平和行動なのですよ」
行進の現場を訪ねてみて、私は合点した。
チェチェン人たちは、山中で戦っていたときと同じように山賊みたいな
ひげ面で、変わらず筋肉隆々とした力強い姿をして、山中で戦っていたとき
と同じテントで野営して、山中で戦っていたときと同じチェチェンの国旗を
押し立てていた。
つまり、彼らにとってこれは、山中との戦いと大きな違いはないのだろう。
聖戦は時と場合によって武器と暴力を使うこともあるし、平和的な手段を
とることもある。
欧州に武器を使うべき相手はいないから、彼らは平和的な手段を取っている
ということで、彼らにとっては同じ聖戦の一環なのだろう。
ただ、武器を取る、取らないにかかわらず、チェチェン人は民族的な性格と
して、なにごともとことんやり抜こうとする。
だから武力闘争も極端に熾烈なものになるし、ハンガーストライキといって
も、適当なところで切り上げるということをしない。
サイド・アミンは殉教するつもりかもしれない。

彼はチェチェンの惨状を世界に訴えるために断食をしているのだが、
寺澤上人の話では、チェチェン当局側は氏の行動を世界へ伝える手段と
体制を持っていないという。