完敗(その2)

これは,もちろんのことながら,ほんものの捕虜交換などではなかった。
バビツキーの身柄を受け取ったのは,チェチェン独立派ではなく,
FSBに雇われたゴロツキたちだったのだ。
チェチェン独立派はもちろん関与を否定し,それきり
バビツキーの行方は分からなくなった。
FSBはこうしてバビツキーを一見合法的に誘拐,失踪させることに成功した。
かつてのソ連邦で,政府ににらまれた人たちをKGBがどのように
処分してきたかを知っている人たちは,この時点でバビツキーの命運は
尽きたと考えた。
しかし,二週間後,バビツキーはひょっこり,ダゲスタンの
マハチカラに姿を現した。
ゴロツキどもはバビツキーに偽のアゼルバイジャン
パスポートを持たせ,彼をアゼルバイジャンへ連行しようとしたが,
バビツキーは機転を利かせて,途中のマハチカラ
路上の警察官にわざと話し掛け,偽パスポートを所持
していた現行犯で逮捕されたのだった。
このとき,テレビのニュースの登場したプーチン
ちょうどドイツを外遊中だったが,バビツキーを名指しで
ののしっていたことを覚えている。
ロシアではプーチンが権力を握って以来,
夥しいジャーナリストが暗殺されているが,
バビツキーはプーチンが消そうとして消し損ねた
数少ないジャーナリストだ。
その彼がまたしても,ロシアの監視網を破って,
バサエフの主張を全世界に配信してしまった。
プーチンにとって間違いなく,バビツキーこそ
消したくて仕方がない男No.1だろう。

それだけに,バビツキーに対する各国当局の監視体制は
無名な私などの及ぶべくもない厳しいものだったはずだ。
そのハンディキャップにも関わらず,彼はあっさり
チェチェンへ行って生きて帰り,私はあっさりグルジア
へぼ警察に捕まって無為な時間を過ごしていた。
猛省しろよ、オレ!