私が悪うございました

足で稼いだ独自の取材・情報・視点――
日本の大手メディアにも実は素晴らしい記者がいました。
ちゃんとした記事が掲載されていました。
私が間違っていました。
バカ呼ばわりしたりして、申し訳ありませんでした。
朝日新聞さま。
http://www.asahi.com/international/update/1108/001.html
人質が「占拠犯による人質処刑はなかった」と名前まで出して堂々と、
朝日新聞に証言している。
トルコのアブハジア系民族のNGOカフカス基金」のウェブサイトで、
突入作戦と制圧後の劇場から脱出に成功した占拠犯が
「バラエフは劇場を爆破しようとせず、人質を逃がして敵と戦おうとした」
と証言した記事を掲載していたが、真偽は不明だった。
この記事の中で占拠犯たちは
「このことは生存した人質が証言してくれるだろう」
と語っていたが、この予言は実現したわけだ。
新聞は全てネット上で見て、自分で買わない私だが、
明日の朝日新聞の朝刊は駅へ買いに行こう。

ラマダン最初の金曜日なので、東京ジャーミィでは礼拝者が多かった。
ムハンマド村田信一さんとイブラヒム殿岡託さんも見えていた。
一橋大の内藤教授がテレビの番組の取材だかで、
ゼミの学生たちを連れて見えていた。
ご挨拶したかったが、ちょうど新聞社から取材の電話があって、
応対しているうちに失礼してしまった。

礼拝の後はロシア語の授業へ。
イリーナ先生はこの夏、故郷のサマラへ帰省したのだが、
地元のテレビで私が映ったそうだ。
潜水艦クルスクの遭難事故の話題とチェチェン戦争の話題の
ニュース番組だったという。
私のことをスパイか何かのように説明していたらしい。
イリーナ先生によると、私はロシアでは話題なのだそうだ。
グルジアでもそうだったが。
やれやれ、とんだ有名人だよ。

夜、ペルシア語講座の同窓会へ。
日暮里のイラン・トルコ料理店ザクロで会食。
テレビのドキュメンタリー制作会社で頑張っていたOくんが
先月フリーになったと聞いて驚いた。
これから4年間を目処に新境地で勝負を懸けるらしい。

ザクロではベリーダンスのショーがあった。
ラマダン中だし、避けたかったが、うっかりして、
金曜日がショーの日だということを忘れていた。
席を立つほどのものでもないので、そのまま観ていた。