兄の夢を見る

モスクワ。ガリーナの家に戻って4週間。
夢にけんちゃんが出てきた。
私はどこか外国の下町にいて、夕暮れどき、
アスファルトの上で子供たちが遊んでいるのを見ていた。
自分が持っている食糧を検め、
古くなったパンやハムを選り分けて捨てたあと、
アスファルトに腰を下ろして時間を潰していた。
そこにけんちゃんが現れた。

私は立ち上がって歩み寄ると、「帰ろうか」といった。
けんちゃんは髪も髭も白くなって、もともとしわの多い顔に
さらに細かいしわがいっぱい増えていた。
私はけんちゃんの手を握って歩きながらいった。
「けんちゃん、ぼくたちは二人ともおじいちゃんになったよ」
けんちゃんは「うん」といった。
どこかのレストランの前を通りかかった。
私たちのいた通りから見るガラス張りのレストランは明るくて、
大勢の客が談笑していた。
けんちゃんがそれを見ているのが、
私はなぜか無性に悲しくなった。
けんちゃんはふいに嬉しそうな表情になっていった。
こうすけくん、金曜日に『*******』をビデオに撮って」
『*******』というのは私が夢の中で作り出した
未来のお笑い番組のタイトルだろう。
「けんちゃん、ぼくは金曜日はもういないよ。
『*******』は撮れないよ」
私はそう答えなければならないのが残念だった。
けんちゃんが落胆すると分かっていたからだ。
けんちゃんは悲しい顔をした。
私は急にけんちゃんを一人にすることの恐ろしさに捉われて目を覚ました。
「金曜日にいない」というのは、
自分がイングーシに行くことを言っていたのだった。
明日にでも、けんちゃんと二人でおじいちゃんになりたい。
どこかの安い老人ホームに二人で入って一緒に暮らしたい。
この地上で私のただ一つ、恐ろしくていてもたってもいられぬことは
いつかけんちゃんとお別れしなければならない日が
来るだろうということだ。
目を覚ましたまま、祖母の葬式の日に会食の間、
けんちゃんがひとりで涙を流していたことを思い出した。
そうすると私も涙を止められなくなった。