散髪

スルタン氏は散髪の腕に覚えがある。
私の髪を切ってくれた。
お茶までご馳走になった。
ヨーグルトが美味だった。
「チヌバニから来たのかね?」と問う。
「いいえ。ムサの家にいるんです。チヌバニに外国人が他に?」
スルタン氏は肯いた。
私が「ジャーナリストです」と自己紹介した時、
意外そうな顔をしていたし、
「一緒にチェチニャへ行ってロシアを倒そう」ともいっていたから、
チヌバニにいるというのは外国人ムジャヘッドだろう。
スルタン氏は謝礼を受け取らなかった。

帰宅すると、ラリーサをはじめ、女性たちに好評だった。
ムサの伯母やバクルらが「髭も剃った方がいい」というので、
川へ行って剃ってしまった。

日没の礼拝の後、ムハンマドは頭をつるつるに剃りあげて帰ってきた。
バサエフ・ハタブの代表部から、迷彩の軍服を一式もらって着ていた。
おそろしく良く似合う。

髪を切った私は耳を出している。
チャイの席でバクルとスルホーに言われた。
「お前は早死にの相だ。シャヒードだ」
スルホーによると、マスハドフは200年生きそうな大耳だそうだ。
耳が大きいことを縁起がいいとするのは日本と共通だ。
私の小さな耳は良くないわけだ。
今度、髪が伸びたら隠しとこう。

ムハンマドは私が髭を剃ったのが気に入らないらしい。
「前の方が良かった」とぼやく。
連邦軍にはカルムイキアやヤクーティアの兵士もいる。
今のお前は彼らと見分けがつかない。
間違ってチャーとやられるぞ」

ムハンマドが浮かぬ顔をしているのは、
私が髭を剃ったからばかりではなかった。
「帰り道がないんだ。グルジアへは戻れそうにない。
イングーシェチアかダゲスタンへ出ないと」

今夜はまた電気がない。
私は闇の中、ぐるぐると歩き回りながら考えていた。

寝る前に、ムハンマドに尋ねた。
「帰り道がないというのは?
ムジャヒディンが通った後、ロシア軍がそこを封鎖するから?」
「分からない。帰り道でFSBに誘拐されるかも知れない。
されないかも知れない。案内人が見つかる可能性もある。
まあ、心配するな。お前は日本人だ。
捕まっても日本に送り返されるだけだ。
チェチェン人ならすぐに殺されるところでもな」